最終意見陳述書2006年9月28日 原告 鄭 福 芝 最近は、年金制度を運営管理する人たちの保険料未納やら、不正問題が騒がれていますが、そのいい加減な年金でさえも、私たち朝鮮人の大勢はもらえず苦しい生活を強いられている実情を、どれだけの日本人が知っているのでしょうか。 私は20歳で日本に渡り、今の住所で65年暮らしていたら、夫も四人の子どもも皆、どこへやら行ってしまって、天涯孤独の一人になってしまいました。生きていくために働かなければと、山根染工で数年働き、46歳で車の免許をとって遠近問わず行商に出かけ、畑仕事等いろんな仕事をしてきました。生活保護を受けずに自分でやっていきたいと思い、腰痛や高血圧等ありましたが、85歳まで独り暮らしでがんばって働いてきました。結局、大動脈破裂で生死をさまよい、とうとう生活保護のお世話になってしまいました。仕事も収入も無く、自分がいつまで生きられるやろかと淋しさと不安な毎日を生き延びています。 今、私が住んでいる家は65年住んでいます。成功した者は移り住んでいきましたけども、私らは成功しなかったんで、いつまでもこびりついています。これからも死ぬまでそこに住むつもりです。 戦前戦中、うちの主人は消防団員として活躍し、隣組長としての責務も全うしました。私は国防婦人会の助けをして、出征軍人を見送り、英霊迎えも一つも欠けんとずっとやってきました。私の青春時代は戦争一色で押しつぶされてしまいました。バケツリレーも隣組で並んでやったし、空を向いてB29でも突き落とすつもりか知らんけど、竹ざお持ってずっと突いたりもしてきましたけども、そんなときは朝鮮人だということは全然なくて、全部同じようにやってきました。戦争が激しくなると、関釜連絡船(釜山と下関を往来する船)が止まりましたが、それ以前は「皇国臣民の誓詞10ヶ条」を言えなんだら船にも乗せてもらえなかったそうです。 それなのに、今になって、国が違うからと人並みの年金さえも入らせてくれません。 55歳ぐらいの頃に、年金に加入できないことを知り、私はさすがにがっかりしました。この辛さはちょっとやそっとではわかってもらえないと思います。 1973年前後のことです。円町の日雇の人が集まるところに行商に行ったら、なにやらみんな「かける、かける」と言っていました。何のことかと聞いてみますと、年金をもらうための掛け金を支払う日だったようです。私も年金に入りたいと思いましたので、「私も掛けたい」と窓口に行ってみました。すると、担当の方に「あんたはあかん」と言われたのです。私に日本国籍がないからでした。ここで言っても仕方がないと思い、そのまま引き下がりました。朝鮮人だからもらえない、仕方ない、年をとって年金なくても、ただ働くしかないと思い、手の指がひん曲がるまで働きました。 生活保護は嫌いです。せやけど、背に腹は代えられず、しょうがなく今はもらっています。自分で掛けた生命保険は少しありますが、そんなんではとても足りません。貰えと言う人はいましたが、私はどんなに貧乏しても、生活保護を受けることはしませんでした。それは私の意地でもありました。社会の人におんぶされて生きるのはまっぴらごめんだからです。 しかし、年金は意味が違います。これは、しっかりがんばってきた人が、誰にでも必ずくる将来の老いのためにお互い掛け金をかけて、収入がなくなる時に備えるものです。私もいつかは年老いて仕事ができなくなるので、年金には絶対に入っておきたかったのです。 私は年をとってしんどくなってきても、ちゃんと日本の国から年金をもらうまでがんばろうと思い、仕事を続けてきました。人の何倍も働き、人から後ろ指をさされないように税金もきちんと納めてまじめに生きてきました。 日本社会で共に生き、今の豊かな日本の国を建設してきた自負はあります。 それなのに、どうして私たち韓国朝鮮人は、国から差別を受けなければならないのでしょうか。 私はこの思いをどこにぶつけることもできずにいました。ある日、区役所に行ったときに、京都市長に無料で手紙が出せる封筒を見つけて、これで「人並みに年金に入らせてほしい、もしそれができないのであれば、仕事が欲しい」と京都市長に訴えました。「年金無く、働くしかないから何とか働かしてほしい、掃除でも何でもするから」と、郵便代がかからないから何十回と書いて訴えました。が、市長さんのお返事は合計7通で、いつも「今の京都市財政難のためできません」との事ばかりでした。 今、この年で原告になって訴えようと思ったのは、そういうことができるなら、やったらいいと思いました。日本国には、生活苦しいから年金くれと言いたい。政治家の未納未加入問題は、政治家はどうもないですます、とがめられない。 日本政府は、時と都合によって、私たち朝鮮半島出身の者を、「皇国臣民」にしたり、日本人でなくしたりして、私たちの運命を翻弄しているのではないでしょうか。 若いときに周囲の人たちが国民年金の日や言うて掛けているのを、どんなに羨ましく思ったことか、掛けたくても掛けられなかった私たちを助けて下さい。切にお願いします。 豊かな老後とまでは言いませんが、これまでこんなに一生懸命に働き続けてきたのですから、独居老人として人並みの老後を送りたいのです。 どうか、私たちの切なる願いを聞き入れて下さいますよう、お願いします。 |
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