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在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟を支える会  

最終(さいしゅう)意見(いけん)陳述書(ちんじゅつしょ)

2006(ねん)(がつ)28(にち)

原告(げんこく)    (ちょん) (ぽっ) ()

 最近(さいきん)は、年金(ねんきん)制度(せいど)運営(うんえい)管理(かんり)する(ひと)たちの保険料(ほけんりょう)未納(みのう)やら、不正(ふせい)問題(もんだい)(さわ)がれていますが、そのいい加減(かげん)年金(ねんきん)でさえも、(わたし)たち朝鮮人(ちょうせんじん)大勢(たいせい)はもらえず(くる)しい生活(せいかつ)()いられている実情(じつじょう)を、どれだけの日本人(にほんじん)()っているのでしょうか。

 (わたし)は20(さい)日本(にほん)(わた)り、(いま)住所(じゅうしょ)で65(ねん)()らしていたら、(おっと)四人(よにん)()どもも(みんな)、どこへやら()ってしまって、天涯(てんがい)孤独(こどく)一人(ひとり)になってしまいました。()きていくために(はたら)かなければと、山根(やまね)染工(せんこう)数年(すうねん)(ばたら)き、46(さい)(くるま)免許(めんきょ)をとって遠近(えんきん)()わず行商(ぎょうしょう)()かけ、(はたけ)仕事(しごと)(など)いろんな仕事(しごと)をしてきました。生活(せいかつ)保護(ほご)()けずに自分(じぶん)でやっていきたいと(おも)い、腰痛(ようつう)高血圧(こうけつあつ)(など)ありましたが、85(さい)まで(ひと)()らしでがんばって(はたら)いてきました。結局(けっきょく)大動脈(だいどうみゃく)破裂(はれつ)生死(せいし)をさまよい、とうとう生活(せいかつ)保護(ほご)のお世話(せわ)になってしまいました。仕事(しごと)収入(しゅうにゅう)()く、自分(じぶん)がいつまで()きられるやろかと(さび)しさと不安(ふあん)毎日(まいにち)()()びています。

 (いま)(わたし)()んでいる(いえ)は65(ねん)()んでいます。成功(せいこう)した(もの)(うつ)()んでいきましたけども、(わたし)らは成功(せいこう)しなかったんで、いつまでもこびりついています。これからも()ぬまでそこに()むつもりです。

 戦前(せんぜん)戦中(せんちゅう)、うちの主人(しゅじん)消防(しょうぼう)団員(だんいん)として活躍(かつやく)し、隣組長(となりくみちょう)としての責務(せきむ)(まっと)うしました。(わたし)国防(こくぼう)婦人会(ふじんかい)(だす)けをして、出征(しゅっせい)軍人(ぐんじん)見送(みおく)り、英霊(えいれい)(むか)えも(ひと)つも()けんとずっとやってきました。(わたし)青春(せいしゅん)時代(じだい)戦争(せんそう)一色(いちしょく)()しつぶされてしまいました。バケツリレーも隣組(となりぐみ)(なら)んでやったし、(から)()いてB29でも()()とすつもりか()らんけど、(たけ)ざお()ってずっと()いたりもしてきましたけども、そんなときは朝鮮人(ちょうせんじん)だということは全然(ぜんぜん)なくて、全部(ぜんぶ)(おな)じようにやってきました。戦争(せんそう)(はげ)しくなると、関釜(かんぷ)連絡船(れんらくせん)釜山(ぷさん)下関(しものせき)往来(おうらい)する(ふね))が()まりましたが、それ以前(いぜん)は「皇国(こうこく)臣民(しんみん)誓詞(せいし)10()(じょう)」を()えなんだら(ふね)にも()せてもらえなかったそうです。

 それなのに、(いま)になって、(くに)(ちが)うからと人並(ひとな)みの年金(ねんきん)さえも(はい)らせてくれません。

55(さい)ぐらいの(ころ)に、年金(ねんきん)加入(かにゅう)できないことを()り、(わたし)はさすがにがっかりしました。この(つら)さはちょっとやそっとではわかってもらえないと(おも)います。

 1973(ねん)前後(ぜんご)のことです。円町(えんまち)日雇(ひやとい)(ひと)(あつ)まるところに行商(ぎょうしょう)()ったら、なにやらみんな「かける、かける」と()っていました。(なん)のことかと()いてみますと、年金(ねんきん)をもらうための()(きん)支払(しはら)()だったようです。(わたし)年金(ねんきん)(はい)りたいと(おも)いましたので、「(わたし)()けたい」と窓口(まどぐち)()ってみました。すると、担当(たんとう)(かた)に「あんたはあかん」と()われたのです。(わたし)日本(にほん)国籍(こくせき)がないからでした。ここで()っても仕方(しかた)がないと(おも)い、そのまま()()がりました。朝鮮人(ちょうせんじん)だからもらえない、仕方(しかた)ない、(とし)をとって年金(ねんきん)なくても、ただ(はたら)くしかないと(おも)い、()(ゆび)がひん()がるまで(はたら)きました。

 生活(せいかつ)保護(ほご)(きら)いです。せやけど、()(はら)()えられず、しょうがなく(いま)はもらっています。自分(じぶん)()けた生命(せいめい)保険(ほけん)(すこ)しありますが、そんなんではとても()りません。(もら)えと()(ひと)はいましたが、(わたし)はどんなに貧乏(びんぼう)しても、生活(せいかつ)保護(ほご)()けることはしませんでした。それは(わたし)意地(いじ)でもありました。社会(しゃかい)(ひと)におんぶされて()きるのはまっぴらごめんだからです。

 しかし、年金(ねんきん)意味(いみ)(ちが)います。これは、しっかりがんばってきた(ひと)が、(だれ)にでも(かなら)ずくる将来(しょうらい)()いのためにお(たが)()(きん)をかけて、収入(しゅうにゅう)がなくなる(とき)(そな)えるものです。(わたし)もいつかは年老(としお)いて仕事(しごと)ができなくなるので、年金(ねんきん)には絶対(ぜったい)(はい)っておきたかったのです。

 (わたし)(とし)をとってしんどくなってきても、ちゃんと日本(にほん)(くに)から年金(ねんきん)をもらうまでがんばろうと(おも)い、仕事(しごと)(つづ)けてきました。(ひと)何倍(なんばい)(ばたら)き、(ひと)から(うし)(ゆび)をさされないように税金(ぜいきん)もきちんと(おさ)めてまじめに()きてきました。

 日本(にほん)社会(しゃかい)(とも)()き、(いま)(ゆた)かな日本(にほん)(くに)建設(けんせつ)してきた自負(じふ)はあります。

それなのに、どうして(わたし)たち韓国(かんこく)朝鮮人(ちょうせんじん)は、(くに)から差別(さべつ)()けなければならないのでしょうか。

 (わたし)はこの(おも)いをどこにぶつけることもできずにいました。ある()()役所(やくしょ)()ったときに、京都(きょうと)市長(しちょう)無料(むりょう)手紙(てがみ)()せる封筒(ふうとう)()つけて、これで「人並(ひとな)みに年金(ねんきん)(はい)らせてほしい、もしそれができないのであれば、仕事(しごと)()しい」と京都(きょうと)市長(しちょう)(うった)えました。「年金(ねんきん)()く、(はたら)くしかないから(なん)とか(はたら)かしてほしい、掃除(そうじ)でも(なん)でもするから」と、郵便代(ゆうびんだい)がかからないから(なん)十回(じゅうかい)()いて(うった)えました。が、市長(しちょう)さんのお返事(へんじ)合計(ごうけい)(つう)で、いつも「(いま)京都市(きょうとし)財政難(ざいせいなん)のためできません」との(こと)ばかりでした。

 (いま)、この(とし)原告(げんこく)になって(うった)えようと(おも)ったのは、そういうことができるなら、やったらいいと(おも)いました。日本国(にっぽんこく)には、生活(せいかつ)(くる)しいから年金(ねんきん)くれと()いたい。政治家(せいじか)未納(みのう)未加入(みかにゅう)問題(もんだい)は、政治家(せいじか)はどうもないですます、とがめられない。

 日本(にっぽん)政府(せいふ)は、(とき)都合(つごう)によって、(わたし)たち朝鮮(ちょうせん)半島出(はんとうしゅっ)(しん)(もの)を、「皇国(こうこく)臣民(しんみん)」にしたり、日本人(にほんじん)でなくしたりして、(わたし)たちの運命(うんめい)翻弄(ほんろう)しているのではないでしょうか。

 (わか)いときに周囲(しゅうい)(ひと)たちが国民(こくみん)年金(ねんきん)()()うて()けているのを、どんなに(うらや)ましく(おも)ったことか、()けたくても()けられなかった(わたし)たちを(たす)けて(くだ)さい。(せつ)にお(ねが)いします。

 (ゆた)かな老後(ろうご)とまでは()いませんが、これまでこんなに一生懸命(いっしょうけんめい)(はたら)(つづ)けてきたのですから、独居(どっきょ)老人(ろうじん)として人並(ひとな)みの老後(ろうご)(おく)りたいのです。

 どうか、(わたし)たちの(せつ)なる(ねが)いを()()れて(くだ)さいますよう、お(ねが)いします。